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1年も更新していない2つの理由。

最後にこのアイルランド留学日記を更新したのは、2010年の7月22日。
あれからほとんど一年です。

なぜ更新しないのか?
もしくは出来ないのか?

時間が無いとか、ネタが無いわけではありません。
むしろ時間は余っているくらいだし、ネタはそれこそありありありありあり余っております。

更新できなくなった原因は2つあります。


原因1:ピーターと再会してから波乱の展開

ネタバラし、ではありますが、ピーターと再会して旧交を温めた後、「彼がベルギーに帰っている間、彼の部屋に代わりに住む」という展開になります。私が留守中の家賃を払ってくれれば彼が助かる、というだけでなく、筆者もホストファミリーから離れ、安い家賃で自由を満喫できるだろうというメリットもありました。なお、当時(2000年)ダブリンの賃貸物件はどこからどこまでも満杯状態だったのにもかかわらず、33ポンドの家賃は良心的どころか、あり得ないレベルだったと思います。

しかし世の中、美味そうな話には美味じゃない部分が隠れているもので、この住居があまり治安の良くない地域にあり、ダブリンの貧困と、そして、人種差別を目の当たりにすることになるのです。そして筆者がアイルランド人から受けた人種差別は、当時ものすごい数だった中国人移民(おそらくほとんどが不法)やナイジェリア人難民に対する現地の人々の反発の、氷山の一角に過ぎなかったのです。

これを書くには相当の時間と、覚悟が必要だと思いました。


原因2:当時の友達がけっこう出世した

2つめの理由は明るいものです。

当時は知らない人と話す事が趣味だったので、必然的に友達も増えました。特に仲の良かったのがイタリアはシチリア島出身のアントニーノ(通称ニーノ)。

彼とは色々、20代男子らしいお下劣な議論や、アホみたいな行動や失敗を共にしていたわけですが、この彼が英語圏の大学で博士号を取得、別な大学で講師となって今に至り、Googleで本名検索すると普通に研究論文が出てくるという、いわば出世頭なのです。

こうなると、彼と行った数々のアホくさい議論や行為をインターネットで堂々と公表するのが、非常にやりづらくなります。いかに若気の至りとは言え、彼の名誉を損なうようなことになったら大変です。


このニーノ君を初めとして、他にも、筆者が把握していないだけで地位や名誉を得た友人も多いのでは。かと言って、当たり障りの無い部分だけ書くと、これはこれで面白くない。

新しい方針を立て、迷いが消えたら更新できるはずです。
多分全ての人々の名前を変えるという対応になるでしょう。

これは個人的なライフワークなので、命がある限り続ける所存です。
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再会、キンレイ・ハウス [ダブリン観光(2000)]

2000年1月18日(火)放課後
キンレイハウス・ホステル、ダブリンクライストチャーチ大聖堂前


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朝起きると英語が全然話せなくなっていた筆者。とてもスクールメイトと話したり、自習したりする気にはなれないので、現実逃避気味にシティセンターに出てきた。旧友が働いているという場所に、何のアポも取らずに行ってみる。大きな施設で大勢のスタッフがいるだろうから、普通これで会えないだろう。だが、わらにもすがる思いだった。

扉の前で立ち止まる。ダブリン国際ユースホステルと同じで、呼び鈴を鳴らして中から鍵を開けてもらうのだ。鍵の開く音がしたので扉を開き、中に入ると、右手に受付があった。そして、彼はそこにいた。

「ピーター!」

彼は電話中だったが、こちらに気付いて、受話器をもったままこちらに目で合図してくれた。去年と同じく愛想のいい笑顔。パソコンのモニターを見つつ、たまにマウスやキーボードをさわりながら電話を続けている。きっと予約の電話なのだろう。去年も、オーストラリアやアイルランドのネイティヴスピーカーと英語でぺらぺら話していてすごいと思ったが、受付までやってしまうとは。やっぱりピーターはすごい! 

「OK, thank you too. See you soon, bye」

そう言ってピーターは電話を切った。そしてカウンターをはさんで再会。

「K! びっくりしたよ! 元気かい?」
「元気だよ! ピーターは?」
「見ての通り忙しいけど元気だよ、…」

言うが早いか玄関の呼び鈴が鳴った。ピーターが奥に目をやって、カウンターの下で手を動かした。扉が開き、宿泊客らしき人々が入って来た。きっと防犯モニターを見てから、解錠スイッチを押したのだ。さっき入った時も、ピーターが開けてくれてたのかと思うとおかしかった。

今チャーチタウンのホストファミリーにいる、と言っても「チャーチタウン」が通じなかった。ダブリンには住宅街というかベッドタウンというか、外国人は普通知り得ないいくつもの郊外があるから仕方ない。ピーターはここから徒歩で通えるところに「フラット」を見つけて住んでいるという。また電話が鳴り始めた。ピーターは「Excuse me」と言って電話に向かった。

「Hello, Kinlay House, this is Pieter speaking. How may I help you? - yes sir, that's right. OK, ok, ...」

さっきも言ってたけど、忙しそうだ。帰ったほうがいいか。そう思って目で合図すると、ピーターは手で待つように合図した。電話が終わるまで待って打ち合わせをした。

「明日、休みなんだ。Kは?」
「学校が終わったら何もないよ。また会おうか。3時でどうかな」
「よし、3時だね。場所はどうしようか」


少し迷ったがどちらにもわかりやすい場所ということで、さっき前を通ってきたトリニティ・カレッジ(大学)の正門の前で待ち合わせすることにした。

ドアを出る時に、ピーターは「See you tomorrow, take care K」と言って笑顔で手を振ってくれた。OK、と笑って親指を立てた。おっ、なんか我ながらそれっぽいぞ、と自分で思いつつ、キンレイ・ハウスから路上に出た。行ってみてよかったなあ、と改めて思った。
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I hate English! と叫べるか [英語留学(ダブリン2000)]

2000年1月18日(火)
何かが近づいている。今朝最初に気付いた。英語がうまく話せなくなっている。それだけじゃない。英語が話せないという表面的な現象の他に、もっと大きな別なものがあると感じる。あのマーク・ピーターセンが日本語の辞書を放り投げた時のあれ、あの精神状態になりつつある。そのはずなのだ。

いつものように起きて、身支度をして、ホストファミリーに挨拶する。あれ? なんかおかしいな。

朝食を採って、ランチをもらって、そしてバスに乗って学校へ行く。そして学校で友達と話していると、また何かがおかしい。

レッスンが始まるともう完全にはっきりした。ごまかしようもないくらい明白だ。英語が話せなくなっている。

英語を忘れているわけではない。他人が何を言っているかはわかるし、テキストも読める。しかし、なぜか昨日までのように話せないのだ。寝ている間に何があったのだろうか? 昨日のテストと関係あるのだろうか? 

内心で焦りながらもなんとか次々と出てくる課題をこなす。クリスティーナには気付かれていないようだ。ひょっとしたら気のせいなのか? いや、そんなわけはない。言いたい事が言えない、というより、言っても上手く形にならない。頭の中にある英文は大丈夫なはずなのに、それが口から出る時に歪んでしまう感じだ。なんだこれは?

日本語で言うとスランプ、だろうか。
いや、ダメだ、「スランプだー!」などと叫んではいけない!
「どうしよう」とか「もうダメだ」もダメだ!

ここは日本語で叫ぶところではない

留学前に読んだあの本にも書いてあったじゃないか。

「私は、和英大辞典を壁に放り投げ、研究室の窓を開けて「日本語が嫌い」と叫んだことがある。恐ろしいことに、それは、日本語で叫んだのである。かなり夢中になっていて、かなり頭がおかしくなっていたので、日本語に関しての不満を日本語で言ってしまった。これは、自分からいうのはおかしいが、そういうような精神状態を読者にも薦めたいと思う。“read, read, read”の上にさらに“write, write, write”のあまり、フラストレーションが高まってきて、頭がおかしくなり、“I hate English!”とつい英語で叫んでしまうくらい、英語の「頭脳環境」に入ってみてほしいと思う。」
(マーク・ピーターセン『日本人の英語』1988、岩波新書、p. 9)



というわけでここはこれだ!


I hate English!!
(俺は英語が嫌いだ!)


いやちょっと待て、「つい英語で叫んでしまう」のが推奨されているのだから、考えてから叫ぶのはなんか違うはずだ。

それに、実際英語自体は嫌いになってない。嫌いなのは、頭の中の英語がうまく口から出てこなくなったから…

ということはこうか?


I hate my mouth!!
(俺は自分の口が嫌いだ!)


むむ、いや、なんか違うぞ。
口そのものが原因ではないと思うし…

じゃあこれでどうだ!


I hate myself!!
(俺は自分自身が嫌いだ!)


いやいやいやいや


それは、ダメだろ
たとえ本当のことでも、自分で自分に言い聞かせる性質の台詞じゃない。生きる気力自体なくしてしまいそうだ。

いろいろと自問自答したが、結局「What should I say?」(なんて言うべきだろうか)と心の中で何度も繰り返すだけの筆者であった。周囲に人気がないときは実際に言ってみた。まるで念仏を唱えているかのようだっただろう。

気付いたら学校を出てバスに乗り、シティセンターに居た。足はテンプル・バー方面に向いている。行き先はバックパッカー向けのホステル、キンレイ・ハウス。去年会ったベルギー人、ピーターから、ここで働いているというメールをもらったから、ひょっとしたら会えるかもと思ったのだ。いま考えると完全に現実逃避モードだった。

(続きます)


日本人の英語 (岩波新書)

日本人の英語 (岩波新書)

  • 作者: マーク ピーターセン
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1988/04
  • メディア: 新書




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素行不安定 [英語留学(ダブリン2000)]

(10年後の筆者より)
やっと教科書が出てきました。といってもこの頃(2000年1月)に使っていたものが抜けています。なぜに…

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2000年1月17日(月)
今日はテストのはず。どうしよう。またひどい天気だ。今日からバスで通おう。

週末を有意義に過ごした筆者だったが、月曜の朝イチでExam(イグザム=日本で言うテストのこと)があるのだった。「前章のおさらい」ということだが、先週クラスに入ったばかりの筆者は知らない部分ばかり。

テストの後、記入をやめて、先生のピーターが最初から解説していく。採点は各自。つまり、テスト結果はあくまで各自が自発的に自身の英語の知識を見直すためのものなのだ。結果は7割取れたくらい。やはりというか、クリスティーナはもっと取っていた。向こうの方が先にいるから仕方ないと言えば仕方ないが、やっぱり情けない。

授業が終わったら学校から飛び出るようにしてシティセンターへ向かった。そして、学校からもらったラミネートの学生証を見せて、ダブリンバス・オフィスで定期券を買った。いわく、Monthly Pass(月の定期券)はそれぞれの月の1日から末日までしか発行できないので、有効期限2週間のものを買った。これが17ポンド。月のパスならもうちょっと割安になるらしいので、また今度2月分を買いに行こう。

そのあと、真っすぐ家に帰ってホストファミリーの子供たちと遊ぶ気もなかったので、前にオリエンテーションで来たパブに入って、ビールを飲んだ。まだ日も暮れないうちになにをやってるんだ、俺は…と思ったがこれがまたうまいのだった。

帰りのバスの中で思った。最初の一週間はわけもわからないうちに目まぐるしく過ぎていったけれど、冷静に考えると特に何もしていないし、何も身に付いていないのではないか。3月に日本に帰る頃になっても、英語力は果たしてついているのだろうか?

朝のテストに見事にうちのめされていた自分だった。
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メイヴ・ビンチーのホームタウン、Dalkeyへ(2000) [ダブリン観光(2000)]

2000年1月16日(日)
朝から子供達はものすごい勢いだった。あの喧噪の中に出ていくのはかなわないので、こっそりトイレだけ行って部屋で勉強してた。マリアは今日でお別れ。

ほとぼりが冷めたかな、と思って階下に下りると、やはり子供達に捕まった。「朝ご飯食べたいから」と言って丁重に断ろうとするが、効果なし。しかしホストマザーのヒラリーが「Kはご飯食べるからダメよ」と言うとあきらめた。さすがママ。

食べていると上から物音がした。振り返って階段のところを見ると、ホストファーザーのマイケルが、大きな荷物を下ろしてきていた。マリアのスーツケースだ。マリアは同じ学校に通っていたがもうコース修了して、これからは市内の「フラット」を友達とシェアして住むとのこと。仕事はパブのウェイトレスだという。今まであまり話す機会がなかったけど英語は上手いし、面接も楽に通ったのだろう。外国のパブで働くなんて、すごい度胸じゃないだろうか。

別れはさっぱりしていた。マイケルとヒラリーが玄関口まで送っていく。そこからはタクシーだ。筆者はそこまで親しくなかったので(3回くらいしか顔を合わせていない)、キッチンにいたが、マリアは自分の姿をみとめて「Bye K! Nice to meet you!! (じゃあねK! 会えて良かったわ)と大きな声で挨拶してくれた。慌てて「Good Luck!!」と叫び返す自分。


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そのあと、支度をして家の近くのガソリンスタンド「Texaco」に行った。
(※余談だが昨日Google Mapで見たら更地になっていたのでびっくりした)
ここでイタリア人の友人、レンツォと待ち合わせなのだ。昨日も時間通りに来てくれたレンツォだが、今日はバッチリ時間前。こっちの方が遅くて恐縮したが、特にそれは問題にならず、二人で17番のバスに乗った。行き先はブラックロック。

お気に入りのブラックロック・マーケットを得意気に案内する筆者。レンツォの反応も中々良く、あろうことか筆者がアラン・セーターを4ポンドで買った古着屋で薄手のセーターを掘り出して、2ポンド50ペンスで買っていた。やるな、この男。

「よし、ダルケイに行こうか」

ここからが本番で、レンツォのガイドブックに載っていたDalkeyというところに電車でいく事になっている。それにしてもさすがイタリア人、見事なローマ字読みだ。英語だから絶対「ダルキー」だろ、と思っていたのだが、駅員さんの発音は「ドールキィ」。習うより慣れろ、かな?

電車の中で、あろうことかまたクリスティーナに遭遇した。クリスティーナは他に何人か友達を連れていた。これから「キッリネイ」に行くのだそうな。

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綴りはKilliney。キリニーじゃないだろうか、と思うがネイティヴのアイルランド人がいないと正確なところはわからない。

クリスティーナの連れは初めて見る顔も多かったのだが、簡単な挨拶をしただけで別な車両に行ってしまった。あれ? 実はクリスティーナはレンツォのことをよく思っていないのだが、この時は全くそんなことには気付かなかった。

そして電車はDalkeyの美しい海岸に到着…

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…と思ったら曇っていた。

そして、最初の友達レンツォの勇姿(?)を撮ろうとしたら、景色を撮ろうとしてるんだと思われて避けられた。フィルムカメラだから撮り直す気にもなれず…

レンツォも海岸沿いが目当てではなかったらしい。地図を見ながら丘の方へ歩き始めた。丘に登って景色を眺めるのがメインだったのだ。道は険しくなく、我々はすぐ上に着いた。

…しかし、霧が出て来て景色はいまいち。本来このSorrento Parkから沖に浮かぶDalkey Islandが見えるらしいのだが…

運動にはなった、と思うことにした。帰り道でKing's Innというパブに入った。暖炉があって火が入っていて、文字通り暖を取ることができた。例によってギネス・ビールを飲んだのだが、レンツォがおごってくれた。暖炉の熱とギネスのほどよいぬるさが体中に心地よい。良い一日だった。


(おまけ)
Dalkey出身・在住の有名作家、メイヴ・ビンチーさんのインタビューです。アイルランド人特有の発音と語り口が伝われば何よりです。尚、日本語版は出てないようですが筆者は『Evening Class』が一番好きです。


(以下、筆者による抜粋+適当な訳)

メイヴ・ビンチー『愛しのアイルランド』

何が好きかって、アイルランドでは人とすごく手軽に話せるのがいいわ。
たまに外国に行く時に…そうね、例えばイングランドに行くでしょう。
あそこだと人と話すのがけっこう難しいのよ。
例えばバスを待ってるとするでしょう。他の人に話しかけるじゃない?
だってここじゃ、他の人と何も話さないで突っ立ってたらすごく失礼だから。

で、ロンドンに行った時ね、他の人に「このバスは○○行きですよね」とか聞いたのよ。
そしたらみんな逃げて行っちゃったのよ!
精神病院から出てきたんだと思われたのかしらね。
そのまま家についてきそうだとか、職場についていって隣に座ったりするとか。
それでも向こうの人は「帰ってくれ」って言えないのよね。言い方を知らないから。
アイルランド人はそういう時にどういうのかよーくわかってるのよ。
「じゃあ、これ以上あなたを拘束したくはありませんので」って言うでしょう、実は自分が帰りたいのにね!

あと、アイルランド人は誰でも、自分の考えを持っているのがいいわね。大きなビジョンを…人によっては間違ったビジョンだけど、とにかく大きいのよ。
イングランドの階級とかはよくわかんないわね。ここでは、そんなのバカみたいなものだなってみんな思ってるだろうし。

アメリカ人の方が話しやすいわ。みんな人見知りしないから。ほんとに全然人見知りしないのよ! でもどんな話がほんとに受けてるのかはいまいちわからないわ。私って大きくて長い話ばっかり書いてるでしょう? そんな感じで話してたら、たまに向こうの目が虚ろになってきてたりするのよ(笑) ひょっとしたらアメリカ人はもっと手短なのがいいのかもね。

でもやっぱりアイルランドが大好きよ。ここにいると、一点の曇りもなく「故郷」を感じるわ。みんな知ってるし、12年ぶりとか14年ぶりとかでも、この辺の人たちったら全然気にしないの。私たちが帰ってきたときも、みんな「最近見かけなかったね」って言うのよ、14年も外国に行ってたのに! 両親も健在だし、昔なじみの人たちも昔ながらのお店でまだ働いてるし、懐かしくて、素晴らしいわ。



Evening Class

Evening Class

  • 作者: Maeve Binchy
  • 出版社/メーカー: Dell
  • 発売日: 2007/05/29
  • メディア: ペーパーバック



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チャーチタウンで散髪(ダブリン南郊外) [ダブリン観光(2000)]


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2000年1月15日(土)
朝から散髪に行った。なんと5ポンド! 理容師さんとも話せたし良かった良かった。そのあと切手を買って5ポンド札を崩してバスに乗る小銭を作った。

筆者は外国で散髪するのが大好きである。アイルランドも前の旅行中に1回やった。この日もホストファミリーに聞いて、家からちょっと歩いたところにある散髪屋に行った。看板を頼りに木造の家の2階に上がると、朝早かったが地元の人々がけっこう入っていた。

革張りの重そうな回転椅子、古めかしい洗髪台…日本で言うと昭和後期くらいの設備だったので、あまり違和感がなかった。日本でも昔はこういうとこで切ってたなあ。

「Please just make it shorter」(短くして下さい)
「All right」(いいよ)

椅子に座って、いかにもアイルランド人という感じの気さくな老紳士に超適当なリクエストを出したあと、「へえ、英語の勉強ねえ。我々が早口で話すと困るだろう」「そうですねえ」などと気楽な会話をして、すぐ終わった。シャンプーもなしで、頭に沢山毛が残ってそうだ。しかしそれでも5ポンドは安い。大学の卒業式のため日本に帰るのは3月だが、また帰る前にでも来ないと。

床屋からさらにちょっと歩いてみると、Braemor Roadという道沿いに小さな店の建ち並ぶ一角があったのでここを散策。いつもはいているズボンが、連日の通学で泥ハネを受けていたので、クリーニング店で値段をチェック。ズボンは2ポンド90ペンスらしい。その後、文房具店と郵便局がいっしょになったような店に入って、切手を買ってお札を崩した。バスに乗るための布石である。それにしてもひどく無愛想なおばさんだった。さっきの散髪屋の人々とはえらい違いだ。やっぱりみんながみんなフレンドリーなわけではないのだなあ。

ホストファミリー宅に戻って、誰もいなかったので気兼ねなくシャワールームに入り、頭を洗う。やはりかなりの毛が流れ出てきた。排水口が詰まりませんように、と祈りつつ、次回はまず部屋で新聞紙でも敷いて残った毛を落とそう、と考えた。

部屋に「Kへ、ランチは冷蔵庫の中」というメモがあったので、降りてキッチンに行き、冷蔵庫からいつものpacket lunch - サンドイッチと果物とおやつのセットを取り出した。そして一人で大きなテーブルに腰掛けて食べた。シンクの向こうの窓から緑が見える。家の後ろにも庭があるのか。

サンドイッチを片手に立ち上がり、これまでチェックしていなかった裏庭を、ドア越しに眺めた。長方形の庭がまっすぐ伸びている。広いなあ。木がないから広く見えるのだろうか? 奥には子供用のブランコが据え付けてある。今のアイルランドは生活のレベルが高いのだなあ。英国の植民地政策によって何世紀にもわたって苦しめられてきたのだから、よかったなあと思う。しかし後日ベルギー人Pieterと再会した筆者は、貧しい地域を訪れ、幻想を打ち砕かれるのだった。豊かな人がいれば貧しい人がいる。それはどこに行っても同じなのだ。


2 p.m.

ホスト宅の近くのガソリンスタンドの前で、イタリア人の友人、レンツォと待ち合わせ。よく「イタリア人は待ち合わせに遅れる」というので覚悟していたが、普通に時間通りに来てくれた。彼いわく、朝はホストファミリーの庭仕事を手伝っていたのだという。

「I, work, with a machine, like, duh-duh-duh」
(機械で、働くんだ、こんなふうに、ドドドド)

シンプルな単語を単純に並べただけ、過去形にすらなっていない。両手を前に出して何かを押すジェスチャーと共に口をすぼめてエンジン音を再現してくれたからこそ、「庭の芝生を機械で刈っていた」ということがわかったが…。相変わらずたどたどしいなあ、と偉そうに思ってしまった。レンツォが発しているのは英語だけでなく、プラスアルファの部分のコミュニケーション能力が優れているという事実には、この時点では全く気付いていなかった。昨日の出来事から24時間も経っていないというのに…

一緒にバスでシティセンターへ向かう間も、ずっとレンツォと話していた。彼いわく、ホストファミリーはかなりの高齢で、今日の芝刈りも、どうやら彼が言い出して刈ってあげたようだ。さすが一児のパパ、人間ができてるなあ…と思ったら「疲れた疲れた、私はお金を払って来てるのに、これならお金をもらってもいいくらいだ」と言い出したのが面白かった。他にも家が古いからか部屋が寒いとか、夕食の量が少ないとか言っていた。

筆者は家は新しくて快適で、料理もたっぷりで美味しいけど、子供が3人もいて遊んであげるのが大変だと言った。

「子供か、それはいかん、きみは英語の勉強をしにきた。子供と遊んでも英語は身に付かない」

はっきり言われてしまった。筆者も最初こそ「子供でもネイティヴ」と思って、一緒に遊ぶ事により生の英語が習得できるはずだと信じていたのだが、一週間も経つとそれが幻想でしかなかったことに気付かされた。例えばいくら本物のネイティヴ英語でも、「Mommy」(マミー、アイルランド英語ではモミー、つまり「お母さん」)のような表現は筆者には使い道がない。しかしそれよりも重要なのは、言葉に頼らない遊びが多いというところである。しかしもう子供が自分を遊び相手として認識してしまっているので、突然やめるわけにも…どうしよう(汗)

筆者の悩みをよそにレンツォは他にも色々なことを話していた。風光明媚な海岸地域とか、レンタサイクルとか、そして、イタリアの素晴らしい町並みとか。

ドーソン通りでバスを降りると、ショッピング街のグラフトン通りにくり出した。まずは店の外から見るだけ。相変わらず、ここにあるClerksの店が気になってたまらない。


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それから脇道に入ると、カンペールのショップがあった。これって日本で人気あるよな〜と思うが、どうせ高いだろうから入らなかった。

そのあとは北上して中央郵便局、書店のEASONと、奇しくも筆者のいつものパターンだった。きっとレンツォも同じような店が好きなのだ。レンツォは奥さんと娘さんへということで色々なものを探していたが、あまりこれといっていいものがなかったらしい。最後に、最初に通りがかったグラフトン通りのClerksの店に入って靴を見た。Renzoは飾ってある靴を手に取り、先の部分を大胆に曲げてみて「Good」などと言っていた。しかし何も買わずに終了。

帰りのバスでは、同じクラスのクリスティーナと出くわした。自分と挨拶すると、レンツォに向かってイタリア語で話しかけたが、レンツォは「English please?」と聞き返したので、3人で英語で話せることになった。これはいい感じだ。

クリスティーナ曰く、顔にもっとピアスを付けたいので穴をあけに来たのだという。痛くてお金がかかって、化膿したら大変だけど、それでも付けたいらしい。筆者には全然わからなかったが、レンツォにもどうもわからなかったようで、その話題はそのまま終わった。次は我々のショッピングについて。

「でも、ダブリンでショッピングって、つまんなくない? 店も少ないし、大したもの売ってないし、高いしさ」

昨日に引き続いて遠慮なく言うクリスティーナ。筆者は正直に「I don't think so, it's all right」(そうは思わないな、まあまあだよ)と答えた。同じイタリア人のレンツォだが、「It is different」(別物だね)と静かに答えた。

このあと、クリスティーナが次の日に行く場所の話をしていると、レンツォが乗ってきた。

「海岸沿いはいいわよ。電車で行けるし」
「いいね」

すかさず口をはさむ筆者。

「じゃあさ、明日二人で行こうよ。チャーチタウンからブラックロックってところまでバスが出てるんだ。そこから電車でその場所まで行こう」

「よし、行こう」

こうして唐突に、次の日は海岸沿いを散歩することになったのであった。
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ディスカッション:日本人の壁 [英語留学(ダブリン2000)]

2000年1月14日(金)
授業はdiscussionのやり方。クリスティーナ曰く、ケイトの授業は面白くないという。自分も薄々そう思っていたが、はっきり言うなあ。西洋ではそういうふうにはっきり言うのか。それともイタリア人だけ特別なのか、はたまたクリスティーナが特別なのか。興味は尽きないが、最初は色々と驚いていたものがだんだん日常的になりつつある。いい感じだ。

今日はディスカッションの仕方について教わった。日本語で言うと議論と訳されるのだろうが、そう言うと何か揉めているような印象がある。英語でのディスカッションはもっと必然的で建設的なものだというニュアンスがあるらしい。というのは日本の大学での知識だが。

実際にやってみると、相手の話に反対すると言うのは難しい! 何だか知らないが、相手の言っていることは何でもうなづいて聞いてしまう自分がいる。日本で生まれて日本で育ったから、きっとこうなのだ。自分の中にある壁に気付いた感じだ。

隣に座ったイタリア人、クリスティーナは全然遠慮なく、「But I think ...」(でも私の考えでは)とか「I don't think so」(そうは思わないわ)など平気で言ってくる。金色に染めたショートヘアを逆立たせ、耳と口元に複数のピアスをきらめかせるそのファッションからはかなりの落差を感じる、真面目な態度だ(筆者の偏見によるものだが)。

クリスティーナは反論するだけでなく、筆者の意見をうまくからめ取ってまとめてしまう。よく外国語である英語でそんなことができるものだ。筆者は日本語でそういうディスカッションをしろと言われても、出来ないのではないか。賛成するか反対するか、どちらかで終わってしまいそうだ。大学のイタリア文学の先生いわく、イタリア人は自己主張がとても強いわりにチームワークがいいとのことだったが、その片鱗を見せつけられた感じだ。

しかしそのクリスティーナが、クラスが終わった後にこう言った。

「Her lesson is very boring」( ケイトのクラスってすごく退屈よね)

「Why?」と聞き返すまでもなかった。ケイトの教えるスタイルのことを言っているのだ。1時間目でピーターが教えた文法や表現を使って、我々留学生同士で会話してみなさい、というのがケイトのスタイルである。そして、我々が話しているのを教壇から、にこやかに見守っている。一定の時間が経つと、「ハイそこまで」みたいにして打ち切るのだが、特にフィードバックなどさせず、次の話題に移る。そして同じ事を繰り返すのだ。

しかし筆者にとっては、訛ってはいるがゆっくりはっきりとしたわかり安い英語でしゃべりまくるクリスティーナと闘って…もとい話し合って英語の会話力を磨く絶好の機会だと思っていた。それがクリスティーナにとってboring(退屈)に感じるのは…自分のせいなのか!?

(ゴクリ)

そう生唾を呑み込んだかどうかは覚えていないが、パートナーである筆者がうまくしゃべれないからクリスティーナが退屈しているのでは、と思うとかなり気まずい。しかし、まさかそんな言い方をする人だとは思えない。ここは聞いてみるしかない!

「Why do you think so?」(どうしてそう思うの?)

…というわけで結局「Why」で聞き返す筆者。クリスティーナの答えはこうだった。

「Because she doesn't teach anything! She tells us to talk to each other, but she is just, like, this.」(だって何も教えてくれないじゃない。私たち同士で話せって言うけど、本人はこんな感じだし)

そう言いつつクリスティーナは、へら〜っとした顔を作って、左右にキョロキョロしてみせた。教壇からにこやかな顔で見守っている(=何もしていない)ケイトのマネをしているのだ! そこまではっきり、効果的なジェスチャーまで交えて言われるともう、内容とは別物だが感動するしかない。英語の知識は同じくらいのはずだが、コミュニケーション力ではクリスティーナの方が筆者より遥かに上だ。

これは何か返したい! と思った筆者はさっき考えていたことを率直に言った。

「OK I understand what you mean. ... I thought I am boring you」(言いたいことはわかったよ。 ... 僕が退屈させてたんだと思ってた)

NO!! WHY!!!???

瞬時に目を見開いて大声で反応するクリスティーナ。こっちもびっくりだよ!

「... because I can't speak English very well」(だって僕はうまく英語しゃべれないから)

今考えると、クリスティーナから聞いたら絶望的な台詞だっただろう(普通は「don't speak」だから)。クリスティーナはそれを聞くともう激高して(当時の筆者にはそうとしか見えなかったのだ)、
「No, you speak good English! Also you're very nice!! 」(あんたの英語はいいわよ! それからあんたっていい人なのよ!)と返してきた。ちなみに英語では普通そこはYesで始まるところだが、Yes/Noについては日本人もイタリア人も同じ間違いをするらしい。

それにしても何てはっきり物事を言うんだ。多分100%本心ではなく、筆者の気持ちを気遣ってくれているのだろうが、それでも嬉しい! 

「Thank you! You're also a very nice person」

クリスティーナが帰ってしまう前にそれだけは伝えたかった筆者は、ちょっと照れくさかったが絞り出すようにしてそう言った。クリスティーナは笑顔で「Have a good weekend, see you next week」と言って去っていった。

筆者がこのとき垣間みた「ことばで気持ちを伝える方法」は、残念ながら捕まえる前にすぐどこかに行ってしまい、この後しばらくはディスカッションで悩むことになるのだが、それでもこの体験は記念すべき第一歩だった。自分の中にある「日本人としての壁」に気付き、その向こうがちらっと見えた感じだ。これからよじ上って上に手がかかるまでは遠い道のりになるのだが。

興奮状態だった筆者は学校を出て、しばらく一人で歩いて、ラスマインズの町中のインターネットカフェに入った。学校にも1人30分まで無料でできるインターネットがあったが、無性に一人で心ゆくまでメールチェックしたかったのだ。

期待していた、韓国人の友達からのメールは入っていなかった。日本からも特に何もなかった。しかし、そこには意外な差出人からのメールが一通、入っていた。

Pieter - 英語とは綴りの違うピーター。昨年、ダブリン国際ユースホステルで出会ったベルギー人だ。

「ダブリンに来てるんだって? 驚いたよ。実は僕もベルギーに一度帰ったんだけど、また来てるんだ。今もホステルで働いてる。僕たちが会ったところじゃなくて、テンプルバーの近くにあるところ。家はフラットが見つかって…」

これはまた嬉しいことになったものだ。また今度会いに行くよ、とメール返信した。
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ホストファミリーとアイルランド食 [英語留学(ダブリン2000)]

2000年1月13日(木)
晴れた! 昨日は雨で寒くて大変だったけど、それだけに今日の晴れは素晴らしい。しかし、すっかり明るくなったにもかかわらず、学校では眠くて仕方なかった。

その日、学校で何を習ったのかは記憶にない。ただ、ホストファミリーの子供たちが朝っぱらからうるさいので、寝不足で眠かったことはよく覚えている。筆者は8時20分までに家を出ればいいから、目一杯引っ張れば8時までは寝ていられるのだが、ふたりとも7時くらいには起きて騒ぎ始めるので目が覚めてしまう。そして、そんな喧噪の中に出ていく気はしないので、寝床で待つしかない。ダブリンに住み始めて一週間もたっていないが、この留学の最大の障害はこれだと確信していた。

学校では、いつものみんなとランチを食べながら話した。イタリア人、レンツォはサイクリング好きなので、可能であればマウンテンバイクを借りてサイクリングに行きたい、と言っていた。スペイン人のイサベルは、ホストファミリー宅ではなく、同年代の人々と「フラット」に住みたいらしい。

Flatは、この学校に入ってからよく聞くようになった単語で、平たく言えば家のことである。ただし完全な一軒家ではなく、一軒家をいくつかに割ったものがほとんどだ。しかしこの時は実物を見たことがなかったので、人々から聞く話のニュアンスで、単に他の人々とシェアして住む家のことをフラットというのだと思っていた。

「ホストファミリーもいいけど、自由がないし、食べ物も自分の好きなものを作って食べたいから」

とイサベルは言うが、筆者など、英語の勉強に来ているのだからネイティヴスピーカーと暮らしたいし、自炊しなくていいから助かるし、食べ物も美味しいと、完全に反対の意見を表明した。

「ホストファミリーの食べ物、美味しいと思う?」
「うん」

そういうやり取りの後、イサベルはとても不思議そうな顔をしていた。スペイン人がものすごい郷土料理自慢であることはまだ知らなかったが、この場合、日本人と話していても同じ反応だったと思う。

筆者は日本食にそれほどの執着はない。知り合いの人のアメリカ駐在中の話で、「最初は現地の食べ物を食べていたけど、3週間くらい経つともう我慢できなくなって、毎日リトルトーキョーに行って日本食を食べていた」(実話)などと聞いても「どうしてだろう」と不思議に思ってしまったくらいだ。

「あんたのホストファミリー、どんな料理を作ってくれるの?」

イサベルがそう聞いてきたので、「大きな肉、ジャガイモ料理、野菜」と答える筆者。去年の旅行で、レストランで食べていたようなメニューだ。それが家庭で毎日食べられるのだから、自信満々で答えた。ひょっとしてイサベルのホストファミリーでは夕食はスープとパンだけとかかなあ、などと想像しつつ。

「焼いた肉、ゆでたジャガイモと野菜でしょ? 私のホストファミリーも同じだけど… I prefer Spanish food(私はスペイン料理の方が好きなの)。K、私がフラットに住むようになったら招待するわ、いいスペイン料理を食べさせてあげるから」

イサベルは学校では初級と中級の間くらいのクラスにいて、英語で言い表せないことがあるとスペイン語に走ってしまいがちだったが、この時はかなりの熱意でそう伝えてくれた。

さて、真っすぐホスト宅に帰ると子供たちに遊んで攻撃をされるので、しばらくそうやってみんなと話したり、リスニング用のカセットテープなどが置いてあるAVルームをチェックしたりして、ゆっくり帰宅した。案の定、夕食までのちょっとした時間に子供たちが部屋に入ってきて、また遊び相手を努めることになったが、これも英語修行のうち。5歳だって3歳だって、ネイティヴスピーカーなのだから。

夕食は見慣れない料理だった。

まずライスが目をひいた。粒が長い、見慣れない形で、なぜかパスタをゆでるような鍋にはいっている。日本の炊きたてのご飯のような粘り気が全くない。それをお玉で平たいお皿にのせ、白いソースをかける。これはエキゾティックだ。脇にはもちろん、グリーンピースと、四角く小さく切ったニンジンをゆでたものが付け合わせになる。

「これは何て料理ですか?」

と聞くと、ホストマザーのヒラリーはこう言った。

「名前は特にないのよ。肉はチキンで、ソースはホワイトソースだけど」

ここでホストファーザーのマイケルが口をはさんだ。

「これはヒラリー・スペシャルという料理なのさ」

見事なマイケルのコメントに、みんな声を立てて笑った。こんな風に英語を話せるようになりたいなあ。それにしても、米とソースなのに、手元にはいつも通りナイフとフォークが置いてある。こういう時は「郷に入っては郷に従え」 だ。みんなが食べるのをじっくり見ていると、右手のナイフでライスとソースを寄せ、左手のフォークの上に乗せて、口に運んでいた。日本人で、フォークの背中にライスを乗せて食べる人(例えばうちの父)がいるが、マイケルもヒラリーもお腹(凹んだ方)に乗せて食べている。これが正式なやり方か、なんだ、簡単じゃないか。

「ヒラリー・スペシャル」は濃厚なホワイトソースと、チキンの味が絶妙で、すごく美味しかった。このチキンにしても、これまでのビーフにしても、牛乳にしても、アイルランドの食品は日本のより味が濃いような気がする。旅先だからそう思うのだろうか? ライスは、長くて粘り気がないのは大丈夫だったが、少し柔らかすぎるのではないかと思った。しかしソースが美味しかったし、こういうソースに米の組み合わせは新鮮だったので、気にせずに食べた。上機嫌であった。やっぱりホストファミリーはいい。この翌朝、子供たちにまた起こされるまではそう確信していた筆者であった。
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ダブリンバス乗車拒否、苦難の傘探し [ダブリン観光(2000)]

英語学校第3日目のことを書くにあたって、訂正しておかなければならない事がでてきた。月曜のオリエンテーションで、ダブリンバスのオフィスで定期を買った、と書いたのだが、実際買っていなかったようだ。この日の日記で、朝は歩いて学校に行ってるし、午後は…これから書く出来事があった。

2000年1月12日(水) 午後
学校を出た所でバスドライバーに乗車拒否された。何とかシティセンターにたどり着いて、DunnesとBootsに行ったが、目当てのレインコートは見つからなかった。…

今朝の天気みたいなのが何日も続いたらたまらない。そう思ったので、学校でお昼ご飯を食べてから、ダブリンのシティセンターに向かった。雨対策しなくては。しかし、学校を出てすぐのバス停に来ていたバスに乗ろうとしたら、ドライバーにこんな事を言われた。

「Do you have small change?」

あなたは小さな変化を持っていますか? 

ではなく

「小銭は持ってるか」である。

ちなみに「小さな変化」はa small change/small changesで、数えられるものと見なされる。小銭は数えられない、というか、もともと集合体だからそのままchangeになる(集合していなければa coin=硬貨になるだろうし)。

…なんてことを瞬時に考えて理解していたかと言えばそうではなく、5ポンド紙幣を出して乗ろうとした時に、ドライバーが怪訝な顔で言ったから「小銭の方だな」と思っただけである。無い、と言うとドライバーの反応はこう。

「Sorry, you need small change」
(悪いが小銭が必要だ)

つまり乗せてくれないのである。

当時のダブリンバスでは、一応プリペイドカードも出ていた(2回分とか変な回数の)が、普通は乗る時に所定の金額か、それより多い小銭を透明プラスチックの運賃箱に入れる。そして、二枚のプラスチック板に何かの標本のようにはさまれた小銭を、運転手が横から見ていくら入っているか数え、足りていればスイッチか何かを押して小銭を下に落とし、レシートを出してくれる。運賃が必要以上だった場合、差額はレシートに記載されていて、そのレシートをダブリンバス・オフィスに持って行けば現金で返してくれる、という仕組みだ。

この仕組みについては後日、担任のピーターから背景の説明があった。
たしかこんな感じだった。

「みんな、ダブリンのバスは不愉快だと思ったことはないか。まずドライバーの態度がでかい。そして、乗客のマナーが悪い。このラスガーやチャーチタウンみたいに、ホストファミリーの家があるような地域はまだいいが、よろしくない地域をまわるバスの乗客のマナーは最悪だ。車内でタバコを平気で吸い、ドライバーは見て見ぬ振りだ。襲われたら困るからな。

運賃を払うのがあんな妙なシステムになっているのはその証拠だ。ドライバーが金を受け取らないだろう。両替もしない。乗客の払った金は、厳重にロックされた運賃箱に入れなくてはならないからだ。他の地域ではドライバーがバス会社の金を預かっていて、客から紙幣を受け取ったり、釣り銭を渡したりするのが普通だが、ダブリンではバスドライバーが多額の現金を持っていると、強盗に遭う可能性が高いからな。おかげで不便なもんだ。小銭がないと乗れないし、釣りもあの紙切れをいちいち持って行って換金しなければならん。だから俺はダブリンに来てすぐ自転車を買った。よっぽど快適だ」

10年後の今ではどうなっているのか見当つかないが、当時のダブリンバスは本当にそうだったのだ。なおしばらく経ってからピーターの言うような「よろしくない地域」をまわるバスに乗る日が来るが、大変よろしくなかった。

ちなみに学校の前からシティセンターまでは85ペンス。この85ペンスがないために乗れないとは…しかもバスドライバーは、全く冷ややかで、助け舟ひとつ出してくれない。完全に自己責任ということである。

「あの運転手が自分の財布から小銭を出して、両替でもしてくれたらなあ。不親切だなあ」と思ったりもした。が、やはり例外は作ってはいけないのだろう。

筆者は学校に戻り、中庭のキャンティーン(喫茶室)に行った。そしてコーヒーを70ペンスで買って、5ドル札を崩した。

そしてバス停に戻って次のバスに乗り、シティセンターにたどり着いたのだが、こっちでもはかどらなかった。風が強い時のために傘よりレインコートだ、と思っていたのだが、これが売っていないのである。何でも売ってそうなスーパー、Dunnes Storesに行ってみたが空振り。ひょっとしたら、と思って行ったドラッグストアのBootsもダメ。レインコートどころか傘すら売ってない。そう言えば、去年の2回の旅行でも、今回のホストファミリー宅でも、傘をさしてる人はいただろうか? なんか、いなかったような気がしてきた。

アイルランド人はみんなどうやって雨風をしのいでいるんだ? と考えつつ、気付くと足はオコンネル橋のお土産屋に向かっていた。ここは旅行中によくお土産を買いにきたし、いつもかかってるアイリッシュ・ミュージックがいい感じだからである。疲れていたのだ。

きらびやかなお土産屋の中で、軽快な音楽を聞きながら色々な商品を眺めていると、さっきまでの苦労が嘘のようだ。…おや、ある、あるじゃないか!

折り畳み傘、そしてレインコートも。

写真は残っていないのだが、ここで重要なのは両方緑色だということである。さすがアイルランドのお土産屋、イメージカラー一色とは。

悩んだ挙げ句、予定変更して折り畳み傘を買った。全身緑色のレインコートはさすがに奇抜すぎる気がしたし、それに、傘の2倍以上の値段だったということもある。オールグリーンの折りたたみ傘は2ポンド99ペンス。当時のレートで430円くらいだ。ついでにカレンダーとペンを2本買ったが、帰りのバス代1ポンド5ペンスがなくならないよう気をつかった。

100710_1449_01.jpg

傘はもう手元にないけれど、その時買ったIrish Writers Calendar 2000(アイルランド人作家のカレンダー)は今でも写真部分だけ切り取って飾ってある。ちなみに検索してみたところ、今でも同じデザインで売っているらしく、なぜかホッとした。

Irishwriters.jpg
(↑Real Ireland Design ホームページより)

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Lesson 3:「Look like」 - 見た目の話 [英語留学(ダブリン2000)]

2000年1月12日(水) 学校3日目
嵐のような朝。昼間は暑かった。夕方は快適だった。夕食が美味しかった。
いつもの道で、途中で右に曲がって学校に行ってみた。

嵐のようだったのは天気だけではない。ホストファミリーの子供たちもだ。例によって朝早くから大声を上げ、走り回る。そしてご両親の大声がそれを追う。子供にとっては、目が覚めた瞬間から一日という名の遊びが始まるのだ。そしてご両親にとっては戦いだろう。

それにしてもひどい天気だ。雨は小降りだが、風がハンパじゃない。その中を、特に防水でもなんでもない装備で学校へ歩く筆者。着いた頃にはけっこう疲れていた。アイルランドは雨が多いというのは前の旅行でもわかっていたが、冬でも同じだとは。日本では冬は乾燥注意報が出るくらいだが…これは早急に対策を練らないと。

最初のピーターのクラスでは、昨日に引き続いてLikeを使った文章を勉強した。

100709_1417_01.jpg
(その時の殴り書き…もとい走り書き。)

What's the person like?
What's the person look like?

上の場合、「その人はどんなふうなの」という、幅広い答えが可能な聞き方。
下の場合、「その人はどんな見かけなの」という、外見の話。
Lookが入るだけで意味ががらりと変わるのだ。

Likeが入ってても決して「何が好きなの」ではないのがポイントだ。それは昨日やったDo you likeとかDoes he likeとかである。ピーターも念を押して「What sort of books do you like?」(きみはどんな本が好きなの?)という例文を出してきて、文章のつくりと意味の違いを改めて説明していた。

さて今日の質問文の意味を勉強したら、次は答える練習。人間の外見を説明する練習だ。ピーターがあちこち当ててゆく。

「Lily, what does K look like?」(リリー、Kはどんな風に見える)
「He is tall」(彼は背が高いです)
「OK! But use "look like"」(よし! だが「風に見える」を使ってみろ)
「ah ... he ... look tall?」(えーと…彼は…背、高く見える、ですか?)
「He looks tall」
「Oh sorry」(あっ、すみません)
「Don't worry」(気にするな)

リリーの答えはやり取りの上では間違っていないが、ピーターとしては今勉強している文章の形を使わせたいのだろう。そして動詞のsを飛ばして注意されるリリー。なんか、うちの大学のネイティヴスピーカーの先生の授業でもこんな感じだったな。やっぱり中国人も日本人と同じ感じで英語を間違えるのだろうか? 韓国人の英語は日本人の英語にそっくりだが…

ところで、筆者は当時173cmくらい。アイルランドでは特に高くはないが、リリーにとってはそれくらいでも高いらしい。ちょっと嬉しいが、嬉しがっている場合ではない。自分の番に備えないと。

「Ok K, what does Lily look like?」
「She looks healthy」 (彼女は健康そうに見えます)

慌てて出した答えに、くくっとピーターが笑う。たぶん黒髪とか、眼鏡とか、そういう物理的なものを期待していたのだろうが、筆者の発想はかなり予想外だったに違いない。まあいいだろう、みたいな感じで次の説明。

「みんな、リリーによるとKが背が高いということだったが、俺はそれほど高くもないと思う。少なくとも俺よりは低い。しかし、背が低いというわけではない。こういう時、どう説明する?」

誰も何も言わない。一瞬の間の後、ピーターのマーカーがホワイトボードの上で踊った。

quite tall

「これだ!」

カタカナで書くとクワイト・トール。決してquiet(クワイエット=静かな)ではない。ピーターいわく、quiteは若干その言葉の意味を強くするものである。日本語で言うと「やや」みたいなものか。おっといけない、英語で理解しないと。

「では、short(背が低い)でもnot so so short(そこまで低くない)という場合、どう言う? K?」

何かあやしい気配だったが、ストレートに返す自分。

「Quite short?」
「No.(笑顔)」

ニヤリと笑うピーターの顔を見て、ひっかけられたと気付く筆者。

「Quite short means short」(クワイト・ショートはつまり低いんだ)

そしてホワイトボードに書き加えた。

not very tall
(そんなに高くない)

そしてこう付け加えた。

「みんな、tallやshortという単純な表現については初級クラス、もしくは本国で習った通りだ。しかし、中級というレベルでは、こうして表現のバリエーションを増やしていくのだ」

なるほど、すでに知っている語彙を組み合わせて意味に幅を持たせるのか。日本で英語を勉強していた時は、語彙を増やす事ばかり考えていたが、やっぱり現地は違うもんだ。と一人感動する筆者。

最後に練習問題をやった。

1. What's he like?
2. How is she?
3. What does she like doing?
4. What is the weather like there?
5. What does she look like?
...
8. What was your holiday like?
9. What would you like to do?


日本なら、まず上記の問題を日本語に訳するところから始まるだろうが、ここは多国籍の教室。そのまま英語で答えなくてはならない。その答えによって、質問の意味を理解しているか、また、正しい形で答えられるかがわかる。これも実践的で感動だ。ちなみに結果は…まあまあといったところ。

15分の休憩を経てケイトの会話クラス。クリスティーナが突然いなくなったので、メキシコ人のティーンエイジャー、ヘススと組んだのだが、けっこう仲良くなれた。そしてlook likeの件で「家族がお互いに似る」という趣旨で、文章をふたりで作ろうとしていたときだった。

100709_1417_02.jpg
筆者のノートに青ペンで書き入れるヘスス。しかし、

兄弟=BROTH
息子=SOON

何だそりゃ。

このヘスス、どうやら綴りが苦手なようである。もちろん正しくはbrotherとsonだが…ちなみに後日、ヘススはいわゆる小文字を書かないことも発覚した。これはこれで面白かった。みんな色々あるんだなあ。

ちなみに10年経ってヘススの英語はどうなったかというと…

JesusonFB.jpg

相変わらず間違っていた。

× bery gud
○ very good
(筆者註:スペイン語では日本語同様、vもbと同じ発音)

ひょっとしてわざと間違えてネタにしてるのかもしれないが。

(午後、買い物編に続く)
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